2026年に生まれた子どもの数は、外国人や外国で生まれた日本人などを含めて前年比2.1%減の70万5809人であると厚生労働省から発表された。これを日本国内で生まれた日本人に限ると、66万8千人ほどになるという(朝日新聞による)。
これは予想以上の減少だ。では、今年(2026年)はどこまで落ち込むのだろうか。私が真っ先に思い当たったのは、今年が「丙午(ひのえうま)」の年であることだ。私は前回、60年前の丙午の年のことをよく覚えている。
前回の丙午である1966(昭和41)年は、私が中学校を卒業し高校に入学した年だった。テレビや新聞・雑誌ではその前年から、1966年が「丙午」にあたることや、丙午にまつわるさまざまな「迷信」が繰り返し紹介されていた。
迷信の内容は多岐にわたるが、中心となるのは女性に関するものだ。
「男勝りの勝ち気で、七人の夫を食い殺し、家をも倒す」「女としての義務を円満に果たせない」「精力旺盛な馬のように性欲が強い」……。
これらは非科学的な迷信であり、実際に真に受けた人はそれほど多くはなかっただろう。
しかし現実には、1966年の出生数は前年より25%も減少した。
この年を中心とした前後5年間の出生数は次の通りである(厚労省HP「人口動態調査」による)。
【1960年代の出生数(千人)】
1964年:1717
1965年:1824
1966年(丙午):1361
1967年:1936
1968年:1872
丙午の前年と翌年は、通常の年より出生数が増えている。つまり、「丙午の前に産んでしまおう」あるいは「丙午が終わるまで待とう」という心理が働いたのは間違いない。
では、さらに60年前の丙午である1906(明治39)年前後の出生数はどうだったのか。
【1900年代の出生数(千人)】
1904年:1440
1905年:1453
1906年(丙午):1394
1907年:1614
1908年:1662
減少はしているものの、5%程度に留まっている。昭和の時代に比べれば、当時は「迷信」そのものを信じていた人は多かったと思われるが、実際の影響は小さい。これは故・板倉聖宣氏が述べていたように、「情報」の量の差によるものだろう。明治時代はテレビもラジオもなく、新聞を購読する人も少なかった。「丙午」であることを意識する人も、その迷信を知る機会がある人も限られていたのだ。
それに比べると、1966年はメディアが騒ぎすぎた。中学生だった私がはっきりと覚えているほどなのだから。迷信そのものは信じなくても、「わざわざそんな謂れ(いわれ)がある年に産まなくても」という心情が働くことは理解できる。結婚に吉日を選んだり、葬儀で友引を避けたりするのと似た感覚だろう(私自身はまったくこだわらないが)。
さて、現在の少子化社会の中で、今年はどうなるだろうか。
明確な根拠があるわけではないが、2024年から2025年にかけての減少率が2.4%であることを考えると、今年はそれよりは高くなるものの、5%程度の減少で済むのではないかと考えている。
というのも、今のマスコミは今年が丙午であることをほとんど取り上げていないからだ。少なくとも私自身、そのような報道を目にしたことがない。最近では、十二支(子丑寅……)は意識されても、十干(甲乙丙丁……)まで意識されることは少ない。それどころか、今年は「午年」であることさえ、例年ほど報じられなかった気がしてならない。
もし1966年と同じような現象が起きたら、今年日本で生まれる日本人は50万人を切るまでに落ち込んでしまう。これは推測に過ぎないが、マスコミ各社は、国民が「丙午」を過度に意識しないよう、あえて報道を控える協定でも結んでいるのではないだろうか。
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